« 「登科後」(昔日のあくせく誇るにたらず)  孟郊 | トップページ | 暁遊詩集 »

2007年12月16日 (日)

「秋日」(返照閭巷に入り) 耿湋

 

 

 

 

 

 「秋の夕日の村里の」

              AKY訳

秋の夕日の村里の

古道(こみち)に行き交う人もなく

侘しさ語る同行(とも)もなし

(きび)の葉だけがさやさやと

(原詩)       

 「秋日」

     耿湋 

返照入閭巷

憂来誰共語

古道少人行

秋風動禾黍

 

(読下し文)

 「秋日(しゅうじつ)

               耿湋 

返照閭巷(りょこう)に入り

憂い来たるも誰と共に語らん

古道人の行くこと少(まれ)

秋風禾黍(かしょ)を動かす


 

 「夕日がひとけのない村に照り返し、わびしい思いがこみ上げてくるが、村の小路には、行きかう人もなく、それを語る相手もいない。ただ、キビの葉ばかりが秋風に揺れさやさやと音を立てている。」

 耿湋(七三四~?)、山西省の人、唐の粛宗の時代、大唐十才子の一人といわれています。

返照、照り返しまたは夕日の光。
閭巷、閭は、二十五戸を単位とする村。巷は、その中の小路。閭巷で村里。
禾黍、禾は、イネ、黍は、キビ。また禾は、穀物の総称。
 日本の村では、あまり、キビの穂が揺れるという風景は見られません。通常は稲でしょう。しかし、私の感覚では、「イネの穂が揺れている」では、豊年満作を連想させてしまって、あまり、わびしい感じがでません。なじみはないけれど、ここでは、キビとしました。
 松下さんは、禾黍を唐黍と訳していますが、この場合、唐黍はとうもろこしではなく、コーリャンのことであると注釈を付けています。
 佐藤春夫さんは、素直に「禾と黍ゆれ」
(いねときびゆれ)としています。


[(参考)他の方々の訳詩]

「誰ト語ランコノ愁イ」
        松下緑訳

夕日ガ村ヲ照ラス時

誰ト語ランコノ愁イ

旧街道はヒトケナク

唐黍(とうきび)ノ葉ニ風ガ鳴ル

 

         佐藤春夫訳

村ざとに夕日照りそひ

わびしさを誰にか云はむ

古き道行く人まれに

秋風に禾と黍ゆれ

 佐藤春夫さんの訳は、上品で素敵です。他にも多くの訳をしておられますが、どれもすばらしい訳です。


 会津八一さんは、漢詩を短歌として訳すという試みをしていて、歌集「鹿鳴集」の中で九首を「印象」という章にまとめていますが、その中にこの詩の訳も含まれています。また、松尾芭蕉さんもこの詩を典故として二句を詠んでいます。

                 会津八一訳

いりひ さす

きび の うらは を ひるがえし

かぜ こそ わたれ ゆく ひと も なし

 

                  松尾芭蕉

あかあかと 日は難面(つれなく)も 秋の風

此の道や 行人(ゆくひと)なしに 秋の暮れ

(2008/05/27改訂)
「秋日」の印刷用ファイル(b004_print.pdf)をダウンロード


|

« 「登科後」(昔日のあくせく誇るにたらず)  孟郊 | トップページ | 暁遊詩集 »

暁遊詩集」カテゴリの記事

コメント


 

 

 

 

 「秋の夕日の村里の」

              AKY訳

秋の夕日の村里の

古道(こみち)に行き交う人もなく

侘しさ語る同行(とも)もなし

黍(きび)の葉だけがさやさやと
(原詩)       

 「秋日」

     耿湋 

返照入閭巷

憂来誰共語

古道少人行

秋風動禾黍

 

(読下し文)

 「秋日(しゅうじつ)」

               耿湋 

返照閭巷(りょこう)に入り

憂い来たるも誰と共に語らん

古道人の行くこと少(まれ)に

秋風禾黍(かしょ)を動かす

--------------------------------------------------------------------------------

 

 「夕日がひとけのない村に照り返し、わびしい思いがこみ上げてくるが、村の小路には、行きかう人もなく、それを語る相手もいない。ただ、キビの葉ばかりが秋風に揺れさやさやと音を立てている。」

 耿湋(七三四~?)、山西省の人、唐の粛宗の時代、大唐十才子の一人といわれています。

返照、照り返しまたは夕日の光。
閭巷、閭は、二十五戸を単位とする村。巷は、その中の小路。閭巷で村里。
禾黍、禾は、イネ、黍は、キビ。また禾は、穀物の総称。
 日本の村では、あまり、キビの穂が揺れるという風景は見られません。通常は稲でしょう。しかし、私の感覚では、「イネの穂が揺れている」では、豊年満作を連想させてしまって、あまり、わびしい感じがでません。なじみはないけれど、ここでは、キビとしました。
 松下さんは、禾黍を唐黍と訳していますが、この場合、唐黍はとうもろこしではなく、コーリャンのことであると注釈を付けています。
 佐藤春夫さんは、素直に「禾と黍ゆれ」(いねときびゆれ)としています。


[(参考)他の方々の訳詩]

「誰ト語ランコノ愁イ」
        松下緑訳

夕日ガ村ヲ照ラス時

誰ト語ランコノ愁イ

旧街道はヒトケナク

唐黍(とうきび)ノ葉ニ風ガ鳴ル

 

         佐藤春夫訳

村ざとに夕日照りそひ

わびしさを誰にか云はむ

古き道行く人まれに

秋風に禾と黍ゆれ

 佐藤春夫さんの訳は、上品で素敵です。他にも多くの訳をしておられますが、どれもすばらしい訳です。


 会津八一さんは、漢詩を短歌として訳すという試みをしていて、歌集「鹿鳴集」の中で九首を「印象」という章にまとめていますが、その中にこの詩の訳も含まれています。また、松尾芭蕉さんもこの詩を典故として二句を詠んでいます。

                 会津八一訳

いりひ さす

きび の うらは を ひるがえし

かぜ こそ わたれ ゆく ひと も なし

 

                  松尾芭蕉

あかあかと 日は難面(つれなく)も 秋の風

此の道や 行人(ゆくひと)なしに 秋の暮れ

投稿: 佐藤拓也 | 2013年2月 4日 (月) 22:20

ロレックス 時計 デイトナ
弊店は経済的、魅力的、機能的な時計を揃える時計の通販ネットショップです。
弊店成立以来、お客様に安心と信頼、自分に信用第一を目標としてずっと頑張っています。ロレックス 人気 ランキング ボーイズ,ロレックス 時計 デイトナ,ロレックス ブログは独自の合金で、特有の光沢と高貴な雰囲気を醸している。
静寂と活力、冷静さと大胆さの融合は圧倒的な魅力を発揮し、強い個性を時計にもたらしている。
広大愛好者簡単に手に入るために当店は全ての商品が最安値に挑戦します。珍しいのでこのチャンスを見逃さないでください‼

投稿: スーパーコピー 売ってる場所 転職 | 2020年10月 2日 (金) 06:50

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「秋日」(返照閭巷に入り) 耿湋:

« 「登科後」(昔日のあくせく誇るにたらず)  孟郊 | トップページ | 暁遊詩集 »