« 「静夜思」(牀前月光を看る)  李白 | トップページ | 「照鏡見白髪」(宿昔青雲の志)  張九齢 »

2007年12月20日 (木)

「酒人某出扇索書」(一杯人が酒を呑み)  菅茶山

 

 

 

 

 

「一杯人が酒を飲み」

           AKY訳

「一杯人が酒を飲み

三杯酒が人を呑む」

誰かにそれを聞きました

銘ずべしとは思いつつ

 

(原詩)       

「酒人某出扇索書」

一杯人呑酒

三杯酒呑人

不知是誰語

我輩可書紳

 

(読下し文)

 「酒人某扇を出して書を索(もと)む」

一杯人が酒を呑み

三杯酒が人を呑む

是れ誰の語か知らざれども

我輩は紳(しん)に書す可し


 

 

 暁遊詩集九編中、唯一日本人の作だが、単に面白いと思っただけで、代表というわけではありません。

 菅茶山(一七四八~一八二七)は、江戸時代の儒学者、備後の国で私塾黄葉夕陽村舎を起こし教育に従事するかたわらニ千四百首もの優れた漢詩を作りました。頼山陽も、菅茶山に師事していたことがあるそうです。
 この詩は、菅茶山が、酒席で酔っ払いに何か書いてくれと扇子を出され、仕方なく書いたものといわれています。最後の「紳に書す」以外は、特に説明も不要でしょう。

 紳とは、身分の高いものがしめた礼装用の大幅の帯のこと、ちなみに「紳士」とは、紳を締めるような身分の高い人の意味。「紳に書す」については、論語に「子張諸ヲ紳ニ書ス」とあります(衛霊公編)。孔子が弟子にいろいろな訓戒を長々と行ったので、弟子の一人、子張は、それを忘れないように自分の着物の帯に書き付けた、それで「紳に書す」。


 我輩といっているけれど、本当の気持ちは、酒飲みの「お前は」ということ、松下さんは、おそらく、酒飲みをご自分のこととして「呑んべは」とされたのではないかと思います。私は、さらに意志弱く「銘ずべしとは思いつつ」。

 松下さんは、「サヨナラダケガ人生カ」の中で、この詩に関連してお母上から聞かされたという明治の頃の救世軍「断酒同盟の歌」というのを紹介されています。救世軍の制服を着た信者たちが、楽隊の伴奏に合わせて「おたまじゃくしはかえるの子」のメロディーで歌いながら行進するのだそうです。面白いので参考としてご紹介しておきます。
 ちなみに「おたまじゃくしはかえるの子」の原曲は、「リパブリック賛歌」として南北戦争での北軍の軍歌で奴隷解放を歌ったものでした。救世軍の人たちとしては、酒飲みを酒の奴隷としてその解放を意図したものかもしれません。またこの曲は、ニューオリンズでは、「ジョン・ブラウンの亡骸」という葬式のときに演奏される曲でもあったので、、「あわーれ、あ・わ・れ」のくだりは、「しまいには、あの世行きだぞ」と、おどしているともとれますね。


[(参考)他の方々の訳詩]

        松下緑訳

ハジメハ人ガ酒ヲ呑ミ

シマイニ酒ガ人ヲ呑ム

誰ノ言葉カ知ラネドモ

呑ンベハ肝ニ銘ズベシ

 

参考
 おたまじゃくしは蛙の子のメロディーで)
「断酒同盟の歌」〈救世軍〉

はじめは人が酒を飲み

中ごろ酒が酒を飲み

しまいに酒が人を呑む

哀れ(あわーれ) 哀れ(あ・わ・れ)

わかっちゃいるけどやめられない凡人の我々としては、「銘ずべしとは思いつつ」、今日もまた「呑む」。

(2008/05/26改訂)
「酒人某出扇索書」の印刷用ファイル(b007_print.pdf)をダウンロード


|

« 「静夜思」(牀前月光を看る)  李白 | トップページ | 「照鏡見白髪」(宿昔青雲の志)  張九齢 »

暁遊詩集」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「酒人某出扇索書」(一杯人が酒を呑み)  菅茶山:

« 「静夜思」(牀前月光を看る)  李白 | トップページ | 「照鏡見白髪」(宿昔青雲の志)  張九齢 »