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2008年2月21日 (木)

日本語で楽しむ漢詩

 

「日本語で楽しむ漢詩
      漢詩で楽しむ日本語」

《 きっかけ 》

 漢詩を日本語に訳すということを始めたきっかけは、書店で偶然、松下緑さんの著書「漢詩七五訳に遊ぶ‐サヨナラダケガ人生カ」を手にしたことでした。

 普通、日本では、漢詩を「読み下し」て読みます。読下し文は、中国語の文章を理解するための便法で、たいした発明だと思います。しかし、この読み方は、もとの詩の感情や感覚を充分に表現しているのだろうか、なにより、詩の持つリズム、テンポを充分伝えられるのだろうか、かねて、何か疑問のようなものを持っていました。松下さんの七五調の訳を読んで、これなら、というか、「いける」と思いました。訳すというか、詩の心を受け取って改めて日本語の詩にするという考え方は、「目からウロコ」でした。

しかし、考えればあたりまえのことだったのですが、日本語訳は、なにも松下緑さんが始めてではありませんでした。

 

 井伏鱒二、土岐善麿などという人々も訳詩を試みていたし、すでに江戸時代に潜魚庵というさらなる先人もいて、その他にいろいろ例があることも知りました。

 そんなこんなで、自分もやってみたいと思うようになりました。当初は、できるだろうかという思いもあったのですが、松下さんの著書の漢詩七五訳に「遊ぶ」に惹かれたこともあり、とりあえず遊び感覚で、先輩方の作品を自分流にアレンジするということからやってみることにしました。聞くところによれば、松下さんは、井伏さんの訳詩に学び、井伏さんも潜魚庵さんの模作から入ったのだそうです。

 始めてみると気楽な気持ちで始めたせいか、案外すらすらことばが出てきます。浮かんだ語句の選択のためにいろいろ文献などを調べることも楽しく、だんだん訳詩のことが頭から離れなくなってきました。偶然の大きな網の中にはまり込んだか。そんな思いになりました。初めて一ヶ月ほどで十数編の訳ができました。そのうち九編ほどを小冊子にまとめて、知人の方々にお見せしたところ、結構反応がありました。反応があるということは、うれしいもので、また、やる気が出てくるというものです。

 

 先人の模作とも言うべきものですから、かなり厳しい意見もありましたが、それも含めて、いろいろ意見をいただくことは、励みになりました。

《 表題について 》

 そのときの小冊子の表題は、「暁遊詩集」というものでした。
 若いころから、家族が寝静まっている夜明けにかけての数時間を自分だけの楽しみ、好きな本を読んだり、文章を書いたり、あるいは、音楽を聴いたりすることにあててきました。自分の書斎を持つことなど思いも寄らなかった家族一間の間借り時代、いわば生活の知恵だったのですが、いまでは、すっかり習慣となってしまっています。暗かった窓の外が、時間の経過とともに白々と明けてくる、そんな朝の様子も楽しみの一つです。「遊ぶ」の字には、松下さんの「七五訳に遊ぶ」が影響していることも間違いありません。

 そういうところから、つけたタイトルですが、さらに訳詩を続けているうちにどうも「遊ぶ」というのと違うなと思うようになりました。ちょうどそのころ、詩経にであったということも一因かもしれません。

 

 詩経については、次に述べていますが、いずれにしても、漢詩を日本語に訳すということが、私にとって楽しみなのだけれども遊びとは少し違うと思えてきたのです。日本語に訳すために漢詩をいろいろ調べていると、どうしても日本語についても改めて考えることになります。日本語について考えることは、私にとって、若いときからのテーマの一つです。だから、楽しみではあるけれど、ただの遊びとも少し違う。で、たった一字のことだけれども、「遊」を「楽」に変えて「暁楽詩集」とすることにしました。

《 詩経 国風について 》

 詩経については、勿論名前だけは、知っていました。けれども、何か難しく、堅苦しい印象があって、読んでみる気にはなりませんでした。読むことになったきっかけは、これも松下さんの著書でした。あの中に掲載されていた「桃夭」を読んで詩経のイメージが一変しました。こんなにおおらかで明るい詩が漢詩にもあったのかと思いました。 「桃夭」を自分流に訳したいと詩経を読んでいるうちに、「葛生」に行き当たって、その美しさに圧倒され、今度は、これを訳すことに夢中になりました。

 

結局、詩経の各詩篇の中で、最初に訳ができたのが、「葛生」で、いまでも、一番気に入っている作品です。詩経国風には、万葉集にも似た、生活は楽ではないけれど、明るくおおらかな古代人の素直な感情に溢れた詩がたくさんあります。

 しかし、これについてもいろいろ調べてみると、詩経の各詩篇は、解釈が一様でなく、訳す人によって、まるで正反対のような訳もあることを知りました。「葛生」も例外ではなく、わたしのように亡き人を悼む詩ととることも、出征している夫を思いやる詩とも、戦死した夫のことで政治を誹る詩ともとれるのだそうです。

 詩経特に国風と呼ばれる各詩編は、いわば民謡ですから、いつどのようにつくられたか、当時の社会の状況、作者の置かれた環境、詩の解釈に必要なことは、ほとんど、わかりません。ただ、庶民の感情、感覚は、私達と、そうは変わらないのではないか、その思いを頼りにして、作った人たちの気持ちを想像し、推理しながら、日本語の詩として再構築しています。まるで、パズルや推理小説のような楽しみ方が、ここにはある、そんな風に思います。

(2008/06/01改訂)


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