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2008年2月24日 (日)

A-006 「桃夭」(桃これ夭夭たる)  『詩経』 国風 周南

 

「この娘(こ)いきいき 若い桃」 

               AKY訳

この桃 いきいき 美しい

花はさかりと 咲きほこる

この娘(こ)がうちに 嫁に来りゃ

いいおくさんに なるだろう
 

この桃 いきいき 美しい

実がまるまると 熟してる

この娘がうちに 嫁に来りゃ

いいかあさんに なるだろう
 

この桃 いきいき 美しい

葉もふさふさと 繁ってる

この娘がうちに 嫁に来りゃ

みな しあわせに なるだろう。

(原詩)

 

桃之夭夭

灼灼其華

之子于歸

宜其室家
 

桃之夭夭

蕡有其實

之子于歸

宜其家室
 

桃之夭夭

其葉蓁蓁

之子于歸

宜其家人

(読み下し文)

 

桃之(こ)れ夭夭(ようよう)たる

灼灼(しゃくしゃく)たる其の華(はな)

(こ)の子于(ここ)に歸(とつ)がば

(そ)の室家(しつか)に宜しからん
 

桃之れ夭夭たる

(ふん)たる其の實(み)有り

之の子于に歸がば

其の家室(かしつ)に宜しからん
 

桃之れ夭夭たる

其の葉蓁蓁(しんしん)たり

之の子于に歸がば

其の家人(かじん)に宜しからん



 「ほら、あの子見てごらん。若いっていいねぇ。桃の花みたいだ。輝いているよ。」
 「すっかり大人だよ。膨らむところもあんなに膨らんでさ。きっと、繁るところも、しっかり繁っているよ。いい嫁さんになるだろうねぇ。」

 近所のおかみさんたちが、娘の成長ぶりをうわさしています。めでたい桃の木に例えているところから、結婚式などで歌われたものかも知れません。
 「桃之夭夭」「之子于歸」とそれに続く句がそれぞれ一組となって繰り返されているので、宴席などで、掛け合いのように交互に歌ったとしたら楽しいと思います。

 駒田信二さんは、咲いた桃の花、膨らんだ桃の実、繁った桃の葉をそれぞれ成熟した女性の肉体に例えて、若い娘を囃したてる、健康なエロティックな歌だといっています(駒田信二「漢詩名句はなしの話」)。これまた楽しい話です。

 明るく、楽しく、しかも美しさを持った、とてもいい詩だと思います。


[使われている言葉について]

  • 「周南」は、周の初め周公旦が封じられた河南西部の地域で詠まれていた詩を集めたもの。
  • は、日本名「モモ」バラ科。中国の黄河上流地方、陝西・甘粛にまたがる高原地帯の原産。野生型の果実は直径3cm程度。早くから食用品種が作られた。黄肉のモモとネクタリンは、六~七世紀にトルキスタンで作られ、七世紀には中国で栽培されていた。中国において桃は仙木・仙果(神仙に力を与える樹木・果実の意)と呼ばれ、邪気を祓い不老長寿を与える植物として親しまれている。桃で作られた弓矢を射ることは悪鬼除けの、桃の枝を畑に挿すことは虫除けのまじないとなる。桃の実は長寿を示す吉祥図案であり、祝い事の際には桃の実をかたどった練り餡入りの饅頭菓子・壽桃(ショウタオ、shòutáo)を食べる習慣がある(嶋田英誠編「跡見群芳譜」 巻五 野草譜より)。

  • 夭夭、若々しく美しい。夭は、しなやかに身をくねらせる形。そこから少壮の意に用いる。
  • 灼灼、美しい様子。花が盛んに咲いている様子。光が輝くようす。宜、具合よい。ほどよい。
  • 室家、家庭、家族、夫婦。家室、室家は、韻のために読み替えたもの。
  • 蕡、実がまるまると膨らむ様子。中から力が満ち溢れる様。
  • 蓁蓁、葉の繁る様。
  詩経には、ほかにも日本の万葉集その他の古歌と同様のおおらかで素朴な歌が沢山あります。これらは、やはり、楽しく調子よく訳したいと思います。

(2008/06/24改訂)
「桃夭」の印刷用ファイル(a006_print.pdf)をダウンロード


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