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2008年3月12日 (水)

A-143 「月出」(月出でて皎たり)  『詩経』 国風 陳

 

  「月のひかり」
                  AKY訳

月は 白く 澄みわたり

みめ美(よ)き人の 舞ふかげは

たゆたふごとく ゆるやかに

うらぶる想ひ 眼(まなこ)(か)れえず
 

月は きよく 澄みわたり

しな美(よ)き人の 舞ふかげは

うれふるごとく ゆるやかに

みだるる思ひ 眼(まなこ)(か)れえず
 

月は 照りて 澄みわたり

しょさ美(よ)き人の 舞ふかげは

しなふがごとく ゆるやかに

さざめく想ひ 眼(まなこ)(か)れえず

(原詩)

ゲツシュツコウケイ
月 出 皎 兮
コウジンリョウケイ
佼 人 僚 兮
ジョユウキュウケイ
舒 窈 糾 兮
ロウシンショウケイ
勞 心 悄 兮

ゲツシュツコウケイ
月 出 皓 兮
コウジンリュウケイ
佼 人
ジョユウジュケイ
 受 兮
ロウシンショウケイ
勞 心 慅 兮

ゲツシュツショウケイ
月 出 照 兮
コウジンリョウケイ
佼 人 燎 兮
ジョユウショウケイ
舒 夭 紹 兮
ロウシンサンケイ
勞 心 慘 兮
 

 (読下し)

 
月出でて皎たり
 
佼人僚たり
 
舒にして窈糾たり
 
勞心悄たり

 
月出でて皓たり
 
佼人たり
 
舒にして受たり
 
勞心慅たり

 
月出でて照たり
 
佼人燎たり
 
舒にして夭紹たり
 
勞心慘たり


 

 「明るく月が照る庭。月光に誘われたように若い女が舞っている。まるで影が揺れているようにゆったりと。ときおり、月の光に美しい顔が浮かび上がるように見える。わたしの心は、吸いつけられたようで目を離すことができないでいる。彼女への想いが、わたしの胸をしめつけるようだ。」
 まるで舞台のような美しい光景です。藍一色の背景、ただ一つ白い月が描かれています。若い娘が月の光を浴びながら舞っています。ゆっくりと漂っているかのように。こういう舞台での踊りは、玉三郎が極め付けです。玉三郎の魅力は、ポーズの美しさです。動きの中で一瞬止まったときの姿の美しさ。いつだったか、「鷺娘」で雪の降りしきる中、白無垢でイナバウワーのように身をそらした場面の美しさは、息を呑むような思いがしました。ここでも踊るのは、やはり玉三郎でしょう。いや、待って。春猿もいいかな。国立劇場歌舞伎俳優研修出身の猿之助一門ですが、最近では、大きな役もこなしています。これからが旬の役者です。姿がいいし、声もいい。気になっている役者さんのひとりです(歌舞伎の世界は、門閥以外でも、いい役者が大勢育っています。御曹司たちも刺激されたか、やる気がみえ、これから楽しみです)。


 詩として訳すほかに、音読みするというのも漢詩を楽しむ方法のひとつではないかかと思います。もちろん、中国語で読むのでなければ、本当のよさはわからないともいえますが、現代の中国語は、唐の時代以降はともかく、詩経の時代のものとは、大きく異なり、日本でおこなわれている音(おん)のほうが古い時代のものを伝えているとも聞いたことがあります。もともと、周の時代以前の発音など、正確なところは、誰もわからないわけだし、気軽に、音読みで音読するのも楽しいと思います。

 そんなことから、もとの詩に音読みのルビをふってみました。お経みたいだけれど、いちど声を出して、読んでみて下さい。

 わたしなら、テンポは、ゆったりと、歩く速さ(アンダンテ)で、うたうように(カンタービレ)。各句の最期の「兮(けい)」は、詩の調子を整えるためのもので、「ヘイ」とか、「ヨイショ」といったような意味のことばだけれど、この詩の場合は、むしろないほうがいいくらい、休止符だと思ったほうがいい。アウフタクトで次の句の頭につけるような感じで、ごく軽く、息を吸うようにしながら読む。その方が感じが出ると思います。

[使われている言葉について]

  • (こう)、月の光の白く光るさま。
  • 佼人(こうじん)、佼は、姣、しなやかな美しさ。美人、
  • 、姿のよいさま、容貌が美しい。(毛伝「好き貌」)
  • 、ゆるやか、しずか、おもむろ。ゆっくりと。
  • 窈糾、窈は、窈窕、しとやか。糾は、身をくねらせる形、静かに舞う姿をいう。しなしなと、しとやかに。
  • 勞心、心遣い。心がとらわれる。
  • 、心がしおれる。憂い。
  • (こう)、白くひかるさま。
  • (りゅう)、姿のよいさま。妖。あだっぽい
  • 、しずか、ゆるやか。
  • 、心の落ち着かぬさま。
  • 、照り光る。
  • 、明るい、すっきりしている。
  • 夭紹、しなやかに身をくねらせるさま。
  • 、惨は、意味が通りにくい。朱子以来、「懆」の誤りであるとされている。(は、心せわしく、疲れる、憂えるの意。)

(2008/05/26改訂)
「月出」の印刷用ファイル(a143_print.pd)をダウンロード


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コメント

AKYです。
 いまは、各章の4句目について、たとえば、第1章の「悄たり」を「うらぶるおもひ」と「悄」を形容詞的に訳していますが、「うらぶれていく」と動詞のように訳したほうが自然なのではないかとのご意見もありましたので、各章第四句目については、それぞれ、「おもひうらぶる」、「おもひみだるる」、「おもひさざめく」に変えようと思います。
 第三章の「さざめく」については、「ざわめく」「ざざめく」、「どどめく」などを候補として検討しています。「懆たり」にもっとも近いのは、「どどめく」だろうと思いますが、なじみが少ない言葉で、音の感じもイマイチです。まぁ「さざめく」かなと思っています。
 第1章、第2章の各1句目「皎」と「皓」は、ほぼ同じ意味で、しかし同じ語が重なるのを避けたものだと思いますので、訳の方も「白くさやかに」、「白くきよげに」としましたが、もう少し違いをこめたほうがいいだろうと思って第2章のほうを「きよげに白く」と変えました。第1章は「さやか」にやや重く、第2章は「白し」にやや重点を置いたニュアンスになるかと思います。

投稿: aky | 2008年3月15日 (土) 08:23

とても勉強になりました。漢詩も奥が深いと思います。

投稿: | 2017年2月 7日 (火) 23:07

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